輪島大士の死因の病気は癌だったのか?息子や妻は誰?再婚もチェックしてみた

スポーツ
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どうもこんにちは。

突然ですが、大相撲の
第54代横綱であった
輪島大士さんが亡くなった
という訃報が入ってきました。

輪島さんは元ではあるものの
横綱という、大相撲でとても
大きな地位に就いていた人であり、
大相撲を語るうえでは絶対に外す事の
出来ない人であると言えました。

その輪島さんが亡くなったという
報道を受けて、ショックを受けて
いるという人も多いと思いますが、
ここで輪島さんがどうして
亡くなったのかという点が
気になっているという人も多い事でしょう。

そこで今回は輪島さんがどうして
亡くなったのか、その家族は
どうなっていたのかなどを、
わかる限り書いていこうと思います。

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輪島大士、逝去す。

画像元・https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2018/10/09/gazo/20181009s00005000110000p.html

一度は大相撲の世界で活躍し、
横綱の名を手に入れて活躍した後、
プロレス界に行って身体を
張り続けた輪島大士さん。

その輪島さんが亡くなった
という報道は、10月9日、
こういう話をよく届けてくる
スポニチが報じました。

 大相撲の第54代横綱で、北の湖とともに輪湖時代を築いた輪島大士氏(本名・輪島博)が死去したことが9日分かった。70歳。石川県出身。

https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2018/10/09/kiji/20181009s00005000109000c.htmlより引用

輪島さんは既に書いてある通り、
第54代目の横綱であった人物。

その実力は本当の横綱になる前から
発揮されていたものでありまして、
学生時代では2年連続で
学生横綱の名を手に入れていた
と言います。

普通は学生を卒業してから
横綱の名を手に入れるというのが
当たり前ですけれど、輪島さんに
至っては学生の時から既に横綱の
名を手に入れていたというのですから、
もう学生の時点で類まれな能力を
持っていたというのが分かりますね。

そんな輪島さんは1970年に
花籠部屋に入り、1972年9月に大関に昇進。

2年後に1973年に横綱に推挙され、
第54代横綱となってみせます。

輪島さんは学生時代から快進撃を続けて、
横綱の名を手に入れた人物でした。

しかし1981年には現役を引退。
相撲界から足を引いてしまいますが、
すぐさまプロレス界に転身して
戦いを続けるという選択をされました。

相撲を辞めたと思ったら今度は
プロレスラーに転身。
もう彼は格闘技から離れる事が
出来なかったのかもしれません。

 

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その死因とは?

そんな輪島さんが亡くなって
しまったのですから、
ショックを受けられた人は多い事でしょう。

輪島さんは相撲界に新たな
歴史を築いたレジェンドと
言える人でしたから、その
訃報はどれだけ大きなもの
なのか、想像するに容易いです。

しかしここに一つ疑問が存在しています。
それは輪島さんの死因。

輪島さんの訃報は各メディアから
届けられてはいるのですが、
どこも輪島さんの死因については
語っていないのですよ。
ネットで調べてみても、
それらしき情報は見つかりません。

なので、輪島さんの死因は不明
としか言えないのですが、実は
同時に輪島さんの直接の死因と
思わしき情報を見つける事も
出来ております。

それは咽頭がん

輪島さんは2013年に咽頭がんの
手術を受けて、発声が困難な状態に
あったといいます。

癌は治療が遅れればどんどん全身
へと広がっていく凶悪な病気です。
そのため、輪島さんが咽頭がんの
手術を受けた時点で、彼の癌は他の
部位に転移して進行しており、
その結果、輪島さんの死因と
なったのではないかと考えられます。

輪島さんは70歳で亡くなっており、
70歳で寿命を迎える人はそうそういません。

そのため、輪島さんは咽頭がんを
根本の原因とする何らかのがんで
なくなったという可能性が
非常に高いでしょう。

息子や妻は誰なのか。

そして気になるは相撲界の
レジェンドであった輪島さんの家族の情報。

あまり明るみには出ていません
けれども、輪島さんは相撲界に
居た時に一般女性の方と結婚を
しております。

が、この人が事件を起こしたのを
きっかけに離婚。

その後は自分が企画したお見合いを
経て一般女性の方と再婚し、お子さんを
設けました。

その息子さんというのが、かつて奈良の
天理高校で野球部に所属し、猛威を
振るった輪島大地さんです。

父親の遺伝を受けているのか、
大地さんもかなりのスポーツマンで、
既に書いてある通り天理高校の野球部で、
有名ピッチャーとして活躍していたそうです。

しかしその後は野球を引退して、
『世界の輪島になる!』という
高らかな夢を掲げ、起業家としての
道を歩み始めたというのです。

輪島さんは豪快な人であった
ようですから、その意志が
しかと大地さんに受け継がれて
いるというのが分かります。

が、その大地さんも父親である
輪島さんの訃報を受ける事と
なったのですから、さぞかし
悲しまれたに違いありません。
こんなショックな事は他にありませんよ。

最後に。

最近、癌で亡くなる人が
続出しているものですから、
人間誰しも癌には勝てない
という事実を突き付けられて
いるようです。

しかし、癌は未然に防ぐことも
出来る病でもありますから、
防げる手段を講じておくに
越したことはありませんね。

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