伊藤元太のプロフィールやwikiは?大学や高校はどこかを調べてみた

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皆さんは伊藤元太さんという方をご存知

でしょうか。

伊藤さんはかつてNHKの方で放送されていて、

尚且つ現在も名前を変えて放送され続けている

テレビ番組である「天才てれびくんMAX」という

番組の、てれび戦士という子役で出演していた方です。

 

当時、沢山の俳優女優の卵と言える人達が、

この番組に出演していたのですけれど、

伊藤さんはその中でもかなり印象に残るような人

でありました。

 

恐らく今20代の方は、伊藤元太という名前に

聞き覚えがあり、写真を見る事で伊藤さんが

何者であったかを思い出すでしょうし、

当時の姿を思い出せると思います。

 

しかし、そんな伊藤さんが突然Yahooの

急上昇ランキングに出てきたものですから、

一体どうしたのかと思いきや、

まさかの事態になっておりまして、

様々なところで嘆きの声が上がっています。

 

そして同時に、この話にはいくつか気になる

ところがあります。そこで今回は、

このお話について書いていこうと思います。

 

元てれび戦士・伊藤元太、逝去

その知らせとは、元てれび戦士との一人として

名を馳せていた人物である伊藤元太さんが

亡くなったという訃報でした。

 

上述したように、伊藤さんは当時かなりの

人気者でありましたから、

伊藤さんのまさかの訃報に、驚きと嘆きの

声が上がったのです。

 

筆者も当時テレビに出演している

伊藤さんの姿を見ていましたから、

このニュースを見た時は本当に驚きましたよ。

あの時の元太がなんでって・・・。

 

しかし、伊藤さんが亡くなったとしても

現在の子供達は誰だと首を傾げるでしょうし、

当時伊藤さんの姿を見ていても、その活躍を

見ていたとしても、憶えている方も少ないと思います。

 

そこで、伊藤元太さんの事をここに載せていきたいと思います。

 

伊藤元太のプロフィール

名前:伊藤元太
読み:いとう げんた
出身:日本・東京都
生年月日:1998年1月5日
没年:2016年8月31日
享年:18歳
身長:不明
体重:不明

 

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伊藤元太の死因とは。

当時はかなりの人気者だった伊藤さんが

何故亡くなってしまったのか。

 

実は、伊藤さんの名前には随分と前から

「多摩川 行方不明」という

不吉なキーワードが付き纏っていたのです。

恐らく今回の事で伊藤さんについて検索した

大体の人が、このキーワードの出現に

何事かと思ったと思います。

 

実は、これこそが伊藤さんの死因です。

伊藤さんは去年の8月31日ごろ、

多摩川で水難事故に巻き込まれ、

そのまま帰らぬ人となったそうなのです。

 

恐らく周りの人全員が、伊藤さんが

亡くなってしまうなんて思っても

みなかったと思いますし、

ネットで調べていて、

尚且つ伊藤さんの事を知っている人の

全員がこのような理由で伊藤さんが

亡くなってしまったのは予想外の

出来事であったと思います。

 

実のところ、筆者は今でも

伊藤さんの当時の姿を

思い出す事が出来ます。

それくらいに、伊藤さんは

印象に残る人だったのですよ。

 

そんな伊藤さんがこんなに早く

この世を去ってしまったなんて、

悲しくて仕方がありません。

そしてその悲しみを一番受けているのは、

伊藤さんのご両親。

 

突然息子を失う事になって、

もう悲しいどころではないであろう伊藤さんの

ご両親の事を考えると、本当に胸が痛みます。

そしてその事が書かれた伊藤さんのご両親の

コメントが発表されておりまして、

これも話題になっているのです。

そこで、ここにそれを載せたいと思います↓

 

御礼とご挨拶

多くの方からご心配のご連絡を頂き有難うございます。

我が家は元太が亡くなった8月31日以来、時が止まってしまいました。

”慟哭”とか”断腸の思い”とか小説や物語の中でしか知らなかった言葉が私たち夫婦に襲いかかり、元太がいないという現実に毎日のように打ちひしがれております。元太に会いたい、元太の声が聞きたいという思いは日が経つにつれますます強まり「ただいまあ・・・!」という元太の声が

聞こえてこないかと玄関先に耳をかたむけている毎日です。

元太が中洲で身動きができなくなった時に助けを呼んでくれていたら・・・。本当に無念です。

元太との思い出の品を整理しました。
高校卒業式当日に担任の先生から「子どもさんからのお手紙です!」と頂いた“母へ”という手紙と、元太が高校一年生の時に作った”将来の予定表”が出てきました。手紙にはその最後に「元太を生んでくれてありがとう」という母への感謝の言葉が記してあり、予定表には90歳!で永眠するまでの一生の予定が書かれてありました。

これを二人で目にしたとき、私たちは号泣しました。元太の子ども、孫を抱きたかった。親である私達の命と元太のまだ70年以上あったはずのその命をできることなら代わってあげたかった。

​ 元太が生まれてから一緒に過ごした18年間は本当に幸せでした。

NHKへの出演も含め、小さい頃からの元太の活動とファンの方からの

応援に私たちは励まされ、元太の健やかな成長に幸せを感じながら将来の夢を託しておりました。長じてからは、何よりも元太自身が自分の力によって大学の入学や芸能事務所への所属など、幸運を引き寄せたことに親として喜びも感じておりました。それがこの8月31日、一瞬にして彼の夢と希望や家族の幸せが断ち切られてしまいました。

​ よく時が解決すると言いますが、子どもを喪った親には解決するような時は流れません。

今もカレンダーは8月のままです。テレビも見なくなりました。元太が元気でいた時と同じように

元太のお骨に話しかけ、食事を作っております。それでも元太は食べてはくれません。返事もありません。元太の生の声が聞きたい。明るい元気な声をもう一度聞きたい。

元太の事だから沢山沢山やりたいことがあっただろうに・・・。誰よりもびっくりしているのは元太本人だと思います。

どうか元太の笑顔を思い出して頂けると幸いです。

これまで元太の成長を見守り応援してくださった皆様に心より感謝申し上げます。有難うございました。

平成29年 1月5日

伊藤元太 父・母

高校や大学はどこなのか。

そして気になってくるのは、伊藤さんが

どこの高校と大学に通っていたか、

ですよね。

 

伊藤さんはこれでもすごく頭がよくて、

尚且つかなり勉学に励んでいた方だった

ようででありまして、

早稲田大学商学部

に合格して、入学していたようなのです。

しかも受験当時は立教大学にまで

受かっていたみたいで、

どちらに向かうか迷っていたところ、

結局早稲田に行く事を選んだみたいです。

 

そしてその早稲田に行く前に通っていた

高校は、それなりの高校である

栄東高等学校

に通っていたみたいです。

 

伊藤さんはスポーツも得意だった

みたいで、尚且つ早稲田通いですから、

まさしく文武両道の方だったのです。

 

恐らく周りからもかなり期待されていた

でしょうけれど、

残念で悲しくて仕方がありません。

 

最後に。

伊藤さんが亡くなった時、

かつて伊藤さんが天てれサーカス部の

仲間達が次々とその事に関するコメントを

発表し、それが今回の大手メディアによる

報道に繋がったようです。

 

伊藤さんには沢山の仲間がおり、

その仲間達ととても仲が良かったとも聞いています。

そんな暖かな場所にいた伊藤さんが亡くなって

しまったのは、本当に心が痛くなります。

 

正直なところ、筆者は

元太、嘘だって言ってくれ

と言いたいところです。

 

それでは、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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